天邪鬼の目

ラノベ、アニメ、美少女ゲームの感想、または備忘録的な雑文を記す場所

エンジェルス・リング

*この作品では、現実の「秋葉原」とよくよく似た「アキバハラ」という架空の土地が主な舞台となります。

 

 

なぜ都会には人が集まってくるのだろうか?
いや、順序がおかしいか。人が集まったから都会になるのか?
「卵が先か鶏が先か?」のような問答になってしまうが、この問答は答える人間の立場や思想によって変わってきてしまう。
それと同じように、都会が都会たるゆえん。別に都会でなくてもいい。

人が集まって来る場所には、集まってくるなりの理由というものがある。

学校があるから、仕事場があるから、観光スポットがあるから、良い店がたくさんあるから……。
少なくとも、ここアキバハラに人が集まってくるのは、単純に都心のさらにド真ん中だからというよりは、大量の電化製品を扱っているエリアだから。死語気味ではあるが、”アキバ系”と呼ばれる独自文化が育っているからだ、という認識が一般的には強いだろう。
実際に来てみればわかる。街中に貼られているアニメや漫画、ゲームのポスター。巨大なモニターを贅沢に使ったアニメの宣伝、そしてコスプレ姿の客引き。
これらが混然一体となったとき、シンジュクやシブヤといった”おしゃれ”や”食べ物”、”雑貨”といった恒常的な文化の発信源的な意味での都会ではなく、爆発的で刹那的な消費の場としての街が出来上がった。それがアキバハラ、通称”アキバ”だ。

アキバに来れば、快晴でさわやかな世界も、オタクが発する空気によってよどみ、コスプレメイドがはなつピンク色の声で、視界に靄がかかっていくことだろう。
栗本智咲は、中央通りから一つ路地に入った、パソコングッズやアングラなゲームショップでひしめき合っている通りにある、自宅兼喫茶店のテラスで平日の昼間から、のんびりと日光浴をしていた。
通りでは、メイド喫茶やリフレから出撃してきたくノ一の格好、浴衣姿、男装、そしてメイド姿の客引きが大勢自店のビラを道行く人に配っている。
おっかなびっくり興味本位でコスプレビラ配りに近づいていく外国人観光客や、やんちゃな兄ちゃんがいれば、明らかなに避けて遠回りをしていくサラリーマンもいる。
この通りは、ここアキバハラでも有名な、コスプレビラ配りが多く出没する場所なので、『ビラビラ通り』などと呼ばれていて、週末の稼ぎ時には、片手では収まりきらないほどの、色とりどりの客引きが通りを占拠し、街の活気に貢献している。
ネットのニュースは一通り読み終えてしまったし、午後からの用事までまだ時間がある。さて、何をして過ごそうか。
大きなあくびをかきながら、春の暖かな陽気で今にもとろけてしまいそうな脳みそに、ゼンマイを巻こうと頑張っていたとき、テラスの向こうから、「きゃるん♡」と甘ったるい声が飛び込んできた。


「は~い、そこのご主人様っ! 暇で暇で時間とお金を余らせまくっているのでしたら、当店『はねっ娘♡ツバっ娘』略して”はね♡ツバ”でその羽を休めていきませんか?」

 

白と水色を基調としたエプロンに、ふんだんに施されたフリル、そしてカチューシャ。王道的なアキバのメイド姿だ。スカート丈はひざからこぶし三つ分で、パッツリとした黒のニーハイソックスが脚を覆っているその姿は、今どきの学校の制服のようにも見える。
アキバメイドの代表のような恰好の少女だ。一つ、特徴的な点を挙げるとすれば、黒髪の中に混じる、人房の白いウィッグを付けているところだろう。
少女がとびっきりの営業スマイルで手を振りながら向かってくるので、智咲は深くため息を吐いた。

 

「あのな、朋子、お前も暇だからってよりによって俺にたかりにくるなよ。そしてその気持ち悪い宣伝文句やめろ」
「だって暇なんだから仕方ないじゃん。そして気持ち悪いって言わないで。あと、朋子って呼ぶな。『月曜日のガブリエル様』って呼んで」
「なんでメイドに様づけしなくちゃいけないんだよ! というかその名前はなんなんだ」
「今日の私の源氏名。店長(あんたのお父さん)がつけてくれたの。ちなみに明日は『火曜日のカマエル様』」
「様づけは基本なのか。メイドの分際で生意気な」
「アキバにいるクセに智咲の頭は古いなあ」

 

やれやれわかってないなといった風に、朋子は首をすくめた。

 

ニートなんだから、せめてその有り余ってる時間とお金を世のため人のためメイドのために使おうとは思わないの?」
「まったく思わないな。学校に行かないのも、働かないのも、俺の自由だ」
「最低のクズ人間ね」
「いいんだよ。親が犯罪以外なら何しても良いって言ってんだから」
「あんたのその立場、心底うらやましいわ」

 

智咲の祖父は商人で、終戦後、既にこのアキバの地で根を張っていたラジオなどの機械類を売る闇市に目をつけ、事業を展開した。それが大成功して、一財産どころか、日本の大企業の一角として並び立つほどの利益を生み出したのだ。もうすぐ17歳になる智咲は、その恩恵をありったけ受け、こうして日がな一日のんべんだらりと、学校にも通わず、仕事もせずにいる。この喫茶店も、両親が趣味で、祖父の金を使って経営しているものだ。
なので、祖父が築いた財産があるからこそ、このアキバの一等地でも、道楽で個人経営の喫茶店を続けていられる。最近は、昨今のメイドブームの影響を受け、店員をメイド姿にしてみることに挑戦しているのだとか。
店名もコロコロ変わる。今の『はねっ娘♡ツバっ娘』の前は、『Lunedi dell’s Angelo(天使の休日)』だった。
朋子は小、中と智咲と同じ学校に通っていた。なぜか彼女も高校には進学せず、アルバイト生活をしているようなのだが、理由は聞いたことがない。アキバでアルバイト先を探していたとき、偶然、この喫茶店を居つけたのだとか。

そんなわけで、智咲は毎日テラスでのんびり、朋子はビラを片手に客の呼び込みをしている。
世間的にはズレていて、退屈で刺激に欠けてはいるけれど、そこそこに平和な日常を、智咲たちは送っていた。

この、4月のある晴れた昼前のときまでは。

                                                                                                                 続く