私のシンデレラガール ~橘ありすの卒業式~
橘ありす・鷺沢文香SS
(アイドルマスターシンデレラガールズ二次創作)
(アイドルマスターシンデレラガールズ二次創作)
私のシンデレラガール ~橘ありすの卒業式~
「世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし……」
「え?」
三月のはじめ、レッスンを終え、社内のカフェでお茶をしていると、文香さんが本から顔を上げて、窓の外を見つめながらそうぽつりとつぶやいた。
「どうかしたんですか?」
文香さんはゆっくりと顔を向けてきた。
「いえ、桜のつぼみが花開きそうだな、と思っていました。もう、春は目前なのだな、と」
今年度の冬はだいぶ暖かかったようで、雪も全然降らなかった。その影響なのだろうか。桜の花が開くのも、いつもの年よりも早いのかもしれない。
文香さんは続けて言った。
「ありすちゃんが通っている小学校も、そろそろ卒業式があるのではないですか?」
「はい、来週卒業式の予定が入っていますけど……それがどうしましたか?」
手帳を見て予定を確認しながら答えた。
ぽかぽかとした太陽の光が、ガラス窓を通して室内にまで降り注いでいる。その温かさに気が緩んでしまっていて、頭があまりうまく回っている気がしない。文香さんの言葉の意図が読み取れない。
でも確かに、もうすぐありすは小学校を卒業する。四月になると、晴れて中学生になるのだ。
「……いえ、ただ、時間は否応なしに流れゆくものなのだな、と改めて実感していたのです」
昼下がりの日光がカフェの中を満たし、これ以上ないほどの明るさが広がっているというのに、文香さんの顔からはいつも以上に暗い面差しをたたえている。
「そう、なんですか……」
"プロジェクト・クローネ"のメンバーに選出されて、文香さんとユニットを組み、『オータムフェスティバル』、『シンデレラの舞踏会』という二つの大きなステージを経験した。困難が立ちふさがることはあるものの、二人は着実にユニットとして成長してきている。
それでも、ありすにとって鷺沢文香という女性は、まだまだ謎多き存在である。彼女の言動の裏に潜む真意を探り当てるのは難しい。
「……それはそうと、ありすちゃんの卒業式に、ご両親は見に来てくれるのでしょうか?」
「いえ、両親は相変わらず仕事で忙しいようなので、参加は難しいみたいです」
「そう、なんですか……」
文香さんは伏し目がちな顔をさらに俯かせた。両親が来られないことに同情にしてくれているのだろうか。たかが小学校の卒業式なのに、別にそんなこと気にしないのに。
ありすは空気を変えようとまくし立てた。
「でも! 当日は私、仕事の一環で、クローネの最年少メンバーとしての心境を語る、卒業後のインタビューの予定が入っていましてっ、カメラが入る予定になっているのですごく忙しくなると思います! 両親のことを考えている暇もないかもしれませんね」
事実の内側にあるのは虚勢なのか、本心なのか。自分でもわからないことを言ってしまった。
「……ありすちゃんは、強い子ですね」
文香さんは顔を上げて、しっとりと微笑んでくれた。
「いえ……そんなことは、ないです……」
その笑顔に、今度はありすの方が顔を俯かせてしまう。
そこに、弾んだ叫び声が飛んできた。
「「あー! ありすちゃんがまっかな顔してるーー!!」」
パっと顔を上げると、"シンデレラプロジェクト"の赤城みりあさんと城ケ崎莉嘉さんが好奇心ではじけそうな顔をして、テーブルにやってきた。
私服姿で荷物を持ちながらレッスン場の方からやってきたので、二人ともレッスン上がりのようだ。
ありすは慌てて腰を上げ、二人の前に立った。
「な、なんですか二人とも」
「えーっとね、ありすちゃんと本のお姉ちゃんが一緒にいて、ありすちゃんがもじもじしてて、かわいいなーって思ったから声をかけてみたの!」
「そうそう、二人はなんの話をしてたのー?」
「ななな、何でもありません……っ!」
みりあさんと莉嘉さんに見られていたことに狼狽して、不覚にも口が回らなくなってしまう。
「「やーーーん!! もっと赤くなってるーカワイイーーー!!!」」
二人は満面の笑みを浮かべながら身体をくねくねさせた。
可愛い可愛いと言われる度に恥ずかしさで身を縮ませてしまう。
そんな様子を見てか、文香さんが会話に入り込んできてくれた。
「……赤城さん、城ケ崎さん、こんにちは。今、もうすぐやってくるありすちゃんの卒業式について、お話ししていたんですよ」
「わわ、あいさつ忘れちゃってたよ……。こんにちは鷺沢さんっ!」
「卒業式かー。ありすちゃんは今年卒業なんだね」
「はい、そうなんです」
一呼吸おいて、ありすは冷静に答える。
「アタシも去年やったよ。すっごく緊張したな」
「えー! 私は来年卒業なんだ。緊張しちゃったらどうしよう……」
「でもね、卒業証書をもらうときに壇に上がってたらね、保護者席の一番前の真ん中にね、お姉ちゃんとお母さんとお父さんがいるのがわかったの! それで安心して、緊張なんてなくなっちゃったよ!」
「そうなんだー! 私のお母さんとお父さん、それと、妹も来てくれるかなー」
「大丈夫だよ。絶対に来てくれるよ!」
みりあと莉嘉はいつの間にか二人の世界に入り込んでしまっているようだ。
「お母さんとお父さんか……」
ありすは、会話を聞きながら、言葉に出来ないもやもやとした感覚が膨れ上がってくるのを感じた。
文香さんはじっと座ったままだった。しかし、長い前髪の奥にある瞳は、いつになくはっきりと見開かれているようだった。
三月のはじめ、レッスンを終え、社内のカフェでお茶をしていると、文香さんが本から顔を上げて、窓の外を見つめながらそうぽつりとつぶやいた。
「どうかしたんですか?」
文香さんはゆっくりと顔を向けてきた。
「いえ、桜のつぼみが花開きそうだな、と思っていました。もう、春は目前なのだな、と」
今年度の冬はだいぶ暖かかったようで、雪も全然降らなかった。その影響なのだろうか。桜の花が開くのも、いつもの年よりも早いのかもしれない。
文香さんは続けて言った。
「ありすちゃんが通っている小学校も、そろそろ卒業式があるのではないですか?」
「はい、来週卒業式の予定が入っていますけど……それがどうしましたか?」
手帳を見て予定を確認しながら答えた。
ぽかぽかとした太陽の光が、ガラス窓を通して室内にまで降り注いでいる。その温かさに気が緩んでしまっていて、頭があまりうまく回っている気がしない。文香さんの言葉の意図が読み取れない。
でも確かに、もうすぐありすは小学校を卒業する。四月になると、晴れて中学生になるのだ。
「……いえ、ただ、時間は否応なしに流れゆくものなのだな、と改めて実感していたのです」
昼下がりの日光がカフェの中を満たし、これ以上ないほどの明るさが広がっているというのに、文香さんの顔からはいつも以上に暗い面差しをたたえている。
「そう、なんですか……」
"プロジェクト・クローネ"のメンバーに選出されて、文香さんとユニットを組み、『オータムフェスティバル』、『シンデレラの舞踏会』という二つの大きなステージを経験した。困難が立ちふさがることはあるものの、二人は着実にユニットとして成長してきている。
それでも、ありすにとって鷺沢文香という女性は、まだまだ謎多き存在である。彼女の言動の裏に潜む真意を探り当てるのは難しい。
「……それはそうと、ありすちゃんの卒業式に、ご両親は見に来てくれるのでしょうか?」
「いえ、両親は相変わらず仕事で忙しいようなので、参加は難しいみたいです」
「そう、なんですか……」
文香さんは伏し目がちな顔をさらに俯かせた。両親が来られないことに同情にしてくれているのだろうか。たかが小学校の卒業式なのに、別にそんなこと気にしないのに。
ありすは空気を変えようとまくし立てた。
「でも! 当日は私、仕事の一環で、クローネの最年少メンバーとしての心境を語る、卒業後のインタビューの予定が入っていましてっ、カメラが入る予定になっているのですごく忙しくなると思います! 両親のことを考えている暇もないかもしれませんね」
事実の内側にあるのは虚勢なのか、本心なのか。自分でもわからないことを言ってしまった。
「……ありすちゃんは、強い子ですね」
文香さんは顔を上げて、しっとりと微笑んでくれた。
「いえ……そんなことは、ないです……」
その笑顔に、今度はありすの方が顔を俯かせてしまう。
そこに、弾んだ叫び声が飛んできた。
「「あー! ありすちゃんがまっかな顔してるーー!!」」
パっと顔を上げると、"シンデレラプロジェクト"の赤城みりあさんと城ケ崎莉嘉さんが好奇心ではじけそうな顔をして、テーブルにやってきた。
私服姿で荷物を持ちながらレッスン場の方からやってきたので、二人ともレッスン上がりのようだ。
ありすは慌てて腰を上げ、二人の前に立った。
「な、なんですか二人とも」
「えーっとね、ありすちゃんと本のお姉ちゃんが一緒にいて、ありすちゃんがもじもじしてて、かわいいなーって思ったから声をかけてみたの!」
「そうそう、二人はなんの話をしてたのー?」
「ななな、何でもありません……っ!」
みりあさんと莉嘉さんに見られていたことに狼狽して、不覚にも口が回らなくなってしまう。
「「やーーーん!! もっと赤くなってるーカワイイーーー!!!」」
二人は満面の笑みを浮かべながら身体をくねくねさせた。
可愛い可愛いと言われる度に恥ずかしさで身を縮ませてしまう。
そんな様子を見てか、文香さんが会話に入り込んできてくれた。
「……赤城さん、城ケ崎さん、こんにちは。今、もうすぐやってくるありすちゃんの卒業式について、お話ししていたんですよ」
「わわ、あいさつ忘れちゃってたよ……。こんにちは鷺沢さんっ!」
「卒業式かー。ありすちゃんは今年卒業なんだね」
「はい、そうなんです」
一呼吸おいて、ありすは冷静に答える。
「アタシも去年やったよ。すっごく緊張したな」
「えー! 私は来年卒業なんだ。緊張しちゃったらどうしよう……」
「でもね、卒業証書をもらうときに壇に上がってたらね、保護者席の一番前の真ん中にね、お姉ちゃんとお母さんとお父さんがいるのがわかったの! それで安心して、緊張なんてなくなっちゃったよ!」
「そうなんだー! 私のお母さんとお父さん、それと、妹も来てくれるかなー」
「大丈夫だよ。絶対に来てくれるよ!」
みりあと莉嘉はいつの間にか二人の世界に入り込んでしまっているようだ。
「お母さんとお父さんか……」
ありすは、会話を聞きながら、言葉に出来ないもやもやとした感覚が膨れ上がってくるのを感じた。
文香さんはじっと座ったままだった。しかし、長い前髪の奥にある瞳は、いつになくはっきりと見開かれているようだった。
☆ ☆
卒業式当日、卒業生として制服の胸に造化を付けたありすは、卒業生の列の中で、自分を戒めていた。
(仕事もあるんだからしっかりしないと)
周りのクラスメイトはみんな、落ち着きがなく、緊張を紛らわすためか、小声で何やらしゃべっている。その会話の中で使われる「お父さんが~」、「お母さんが~」という言葉をついつい耳が拾ってしまう。
両親がいつも忙しそうにしているのは理解している。帰ったら、父親も母親も家にいないなんてことはザラだ。
それもこれもすべて家庭のこと、生活のことを考えてのことだろう。でも、やはり寂しいものは寂しいのだ。
理解はしていても、感情がなかなか追いついてこない。もどかしさに、ありすは心の中でため息を吐いた。
(仕事もあるんだからしっかりしないと)
周りのクラスメイトはみんな、落ち着きがなく、緊張を紛らわすためか、小声で何やらしゃべっている。その会話の中で使われる「お父さんが~」、「お母さんが~」という言葉をついつい耳が拾ってしまう。
両親がいつも忙しそうにしているのは理解している。帰ったら、父親も母親も家にいないなんてことはザラだ。
それもこれもすべて家庭のこと、生活のことを考えてのことだろう。でも、やはり寂しいものは寂しいのだ。
理解はしていても、感情がなかなか追いついてこない。もどかしさに、ありすは心の中でため息を吐いた。
☆ ☆
式は厳かな雰囲気のもと、行われた。
聞こえてくるのは、人の息遣いと、スピーカーから流れてくるBGMのみ。
卒業証書の授与が行われると、卒業生が壇に上がる度にカメラのシャッター音がして、フラッシュの光が瞬く。
どの子にもそれぞれ親や親戚の人たちが来てくれているのだ。自分に注がれるカメラのフラッシュは、きっと仕事でやってきているカメラマンさんのもの。あるいは徐々にテレビの前で歌を披露することが増えているので、自分の名前を知ってくれている人が撮っているかもしれない。
でも、その中にありすの両親はいないのだ。
(こんなとき、文香さんがいてくれたらな……)
アイドルとしての立場と、自分個人が抱いている気持ちがないまぜになる。自分の気持ちを抑えて、名前を呼ばれたありすは、「はい」と淡々とした口調で答え、椅子から立ち上がった。
いくつものシャッター音が聞こえてくる。
ありすが一歩踏み出す度に、シャッターの音と光が降り注ぐ。
アイドルとして場数が増えてきていることもあり、身体が緊張で動かなくなったり、振る舞いにぎこちなさが出たりすることもない。横目で体育館全体を見渡せる余裕もあるくらいだ。
壇上に立ち、礼をして顔を上げると、体育館にいる人たち全体が見えるのがわかった。
一瞬見渡すだけで、誰もが自分を見ていることがわかる。首の動きまで丸見えだ。その感情が伝わってくるかのような錯覚を覚えた。
ふと、そのまなざしの中に一点、好機のまなざしとは別の視線が流れ込んでくるのを感じ取った。
それは来るはずのない両親だった。
二人は保護者席の一番前の、壇の真正面に位置している。
そしてもう一人、自分のパートナーである文香さんもいることを認めた。
マスクをして顔を隠しているようだったが、ありすにはすぐに誰なのかわかった。
その光景に、莉嘉さんが先日言っていたことを思い出した。
(もしかして、文香さんが……)
冷たくなっていた心にぬくもりが宿る。
(一体どんな手を使ったんだか)
自然と足取りにも力強さが生じる。
三人の優しい面差しを背に感じながら、ありすは堂々と胸を張りながら、卒業証書を受け取った。
雪解けのように、固まった心がほどけてゆく。温まった手の熱が、卒業証書に伝わってゆくのを、ありすは確かに感じた。
聞こえてくるのは、人の息遣いと、スピーカーから流れてくるBGMのみ。
卒業証書の授与が行われると、卒業生が壇に上がる度にカメラのシャッター音がして、フラッシュの光が瞬く。
どの子にもそれぞれ親や親戚の人たちが来てくれているのだ。自分に注がれるカメラのフラッシュは、きっと仕事でやってきているカメラマンさんのもの。あるいは徐々にテレビの前で歌を披露することが増えているので、自分の名前を知ってくれている人が撮っているかもしれない。
でも、その中にありすの両親はいないのだ。
(こんなとき、文香さんがいてくれたらな……)
アイドルとしての立場と、自分個人が抱いている気持ちがないまぜになる。自分の気持ちを抑えて、名前を呼ばれたありすは、「はい」と淡々とした口調で答え、椅子から立ち上がった。
いくつものシャッター音が聞こえてくる。
ありすが一歩踏み出す度に、シャッターの音と光が降り注ぐ。
アイドルとして場数が増えてきていることもあり、身体が緊張で動かなくなったり、振る舞いにぎこちなさが出たりすることもない。横目で体育館全体を見渡せる余裕もあるくらいだ。
壇上に立ち、礼をして顔を上げると、体育館にいる人たち全体が見えるのがわかった。
一瞬見渡すだけで、誰もが自分を見ていることがわかる。首の動きまで丸見えだ。その感情が伝わってくるかのような錯覚を覚えた。
ふと、そのまなざしの中に一点、好機のまなざしとは別の視線が流れ込んでくるのを感じ取った。
それは来るはずのない両親だった。
二人は保護者席の一番前の、壇の真正面に位置している。
そしてもう一人、自分のパートナーである文香さんもいることを認めた。
マスクをして顔を隠しているようだったが、ありすにはすぐに誰なのかわかった。
その光景に、莉嘉さんが先日言っていたことを思い出した。
(もしかして、文香さんが……)
冷たくなっていた心にぬくもりが宿る。
(一体どんな手を使ったんだか)
自然と足取りにも力強さが生じる。
三人の優しい面差しを背に感じながら、ありすは堂々と胸を張りながら、卒業証書を受け取った。
雪解けのように、固まった心がほどけてゆく。温まった手の熱が、卒業証書に伝わってゆくのを、ありすは確かに感じた。
☆ ☆
卒業式後、カメラの前でのインタビューの仕事を終えると、付き添ってくれていたプロデューサーさんが、両親と文香さんが保護者控室で待っていてくれていることを教えてくれた。
人がほとんどいなくなった廊下を、ありすは足早で突っ切り、控え室に向かった。
「文香さん!!」
興奮していたので、扉を開けると同時に思わず大きな声を出してしまった。
控え室には既に他に残っている人はいなくて、マスクを外していた文香さんと、両親は驚いたように振り向いていた。向かい合って席に座っている様子から、どうやらお話しの最中だったようだ。
ややあって、文香さんは立ち上がって姿勢を正すと、ゆっくりと微笑みを浮かべた。
「……ありすちゃん」
「もう! 驚かせないでください……。来るなら来るって事前に行っておいてくださってもよかったのに」
「ごめんなさいありすちゃん……。サプライズを用意したつもりだったのですけど、慣れないことをしてしまいました。どうやら、失敗してしまいましたね……」
「違う、違いますよ……」
そうではない。謝らないで、謝らないでほしい。
伝えたい言葉がうまく口から出てこない。
ただ、自分はうれしいだけなのに。
「……両親を連れてきてくれたのは文香さんなんですよね?」
「はい。プロデューサーさんにもお手伝いをしてもらいましたけれど……。やっぱり、大切なありすちゃんの晴れの舞台なのですから、思い残すことなく、成長して人生の次のステップに繋げていってほしいです。私は、ありすちゃんのパートナーなのですから」
「文香さん……」
『オータムフェスティバル』では、心労から体調を悪くしてしまった文香さんのことだ。仕事があったはずの両親を説得するのは大変だったことだろう。
あのときとは違い、文香さんはいつもの思慮深い顔を絶やさず、見つめてくれている。
「世の中に たえて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし」
「先日、つぶやいていた和歌ですよね」
「ええ。あのときは、無意識のうちに口から言葉が出てしまっていたようです……。あの和歌は、在原業平が、咲き誇る桜を見ながら詠んだものです。意味は、”この世の中に桜というものがなかったとしたら、春をのどかな気持ちで過ごせるだろうに”。というものです」
文香さんのしゃべり方が、普段のお世辞にも力があるとは言えない儚げな声から、意志のこもった声に変ってゆくのがわかった。
「ありすちゃん、私はあなたに謝らなくてはいけません」
「え?」
「この和歌には、今しがた説明したように、どうして桜はこの世にあるのだろうか。いっそう桜なんか存在しなかったら、この美しい花のことを考えずに済むのに。という意味が込められています。この桜は、そう、私にとってのありすちゃんなのです……」
文香さんの言葉が空間に広がってゆく。
まるで、ステージで歌を歌うときのような……。
滔々と流れ出てゆく音の響きまでもが見えてくるような――
あなたがクローネのユニットとしてパートナーになってくれてから私は変われた――
ライブ前に私の手を握っていてくれていたその小さな手が何よりもありがたかった――
日々成長してゆくあなたの姿を見ているのが嬉しかった――
開花してゆくあなたはまるで春の訪れとともに花を咲かせる桜のよう――
ライブ前に私の手を握っていてくれていたその小さな手が何よりもありがたかった――
日々成長してゆくあなたの姿を見ているのが嬉しかった――
開花してゆくあなたはまるで春の訪れとともに花を咲かせる桜のよう――
「でも――春の訪れは、成長したありすちゃんを私から引き離してしまうのではないか。どんどん先へ行ってしまうありすちゃんが、私を置いて行ってしまうのではないか。そういう風に考えてしまうと、とても悲しくて……つらくて……」
広がった空間が収縮してゆく。
「文香、さん……」
「ああ、もしもありすちゃんが私の前に現れていなければ、こんな思いをすることもなかったのに……」
いつの間にか文香さんの頬には涙が伝っていた。
「そんなこと言わないでください!!」
とっさに怒鳴ってしまった。
「私と文香さんが出会わなければ良かったとか、そんなことは絶対にありません!」
「ありすちゃん……」
「文香さんは、知的で、美人で、私の憧れで……。私の方こそ、文香さんとの出会いによって、人生を変えられたんです!!」
自然と涙があふれて、頬を伝うのがわかった。自然と流れる涙を押しとどめようと、ありすは精一杯にっこりと微笑んだ。そして、一句の和歌を詠む。
広がった空間が収縮してゆく。
「文香、さん……」
「ああ、もしもありすちゃんが私の前に現れていなければ、こんな思いをすることもなかったのに……」
いつの間にか文香さんの頬には涙が伝っていた。
「そんなこと言わないでください!!」
とっさに怒鳴ってしまった。
「私と文香さんが出会わなければ良かったとか、そんなことは絶対にありません!」
「ありすちゃん……」
「文香さんは、知的で、美人で、私の憧れで……。私の方こそ、文香さんとの出会いによって、人生を変えられたんです!!」
自然と涙があふれて、頬を伝うのがわかった。自然と流れる涙を押しとどめようと、ありすは精一杯にっこりと微笑んだ。そして、一句の和歌を詠む。
「散ればこそ いとど桜は めでたけれ 憂き世になにか 久しかるべき」
「その歌は……っ」
「そうです。これは、文香さんが詠んだ『伊勢物語』の第八十二段、在原業平の和歌の、それに対する返歌です」
「よく、ご存じでしたね……」
「普段からタブレット端末を持ち歩いてますので、ネットさえ繋がればその関連情報を検索して、詳しい情報を手に入れるのなんて、簡単です、よ」
ありすははにかみながら解説した。
「そうでしたか……」
「桜は散ってゆくからこそ美しいんです。私たちは変わらずにはいられません。時は私たちの空間から等しく流れていきます。でも、だからこそ、価値があるんです!」
いつだったか、文香さんに教えてもらった言葉を思い出していた。
文香さんは流れるままになっていた涙をぬぐった。
そして、それまでの激しく動いていた感情の流れは鳴りを潜め、ありす同様にはにかみながら小さな声で言った。
「その通りです、ありすちゃん……。いつの間にか、私がありすちゃんに励ましてもらっちゃっていますね」
そういえばそうだ。流れでよくわからない方向に話が飛んで行ってしまった。
「あ、あぅぅ、そんなつもりじゃなかったのに」
「いえ、私はとても勇気付けられました。本当に、ありがとうございます……」
「もうっ、私を元気づけようとしてくれてたんじゃないですか?」
「そういえば、そうでしたね」
文香さんの顔には、すっかりいつもの落ち着いた笑みが戻っている。ありすは仕方ないなと、少し呆れるようにして、同じく笑顔を浮かべた。
そしてどちらともなく近づき、手を取り合う
「……ありすちゃんに出会えて、本当に良かった」
「まだまだ私たち、出会ったばかりじゃないですか。そんなことでお礼なんて言わないでください」
「でも、やっぱり言わせてください。…………ありがとう、私の 橘ありすちゃん」
「こちらこそ。ありがとうございます、私の 鷺沢文香さん」
お互いがお互いにとってのシンデレラ。
二人は見つめあいながらにっこりと笑い合った。
「さ、ありすちゃん。すっかりご両親を放っておきっぱなしですよ。どうぞ、行ってあげてください」
「へ? あ、あ、ああ……ああああっ!!!」
完全に両親の存在を忘れ去っていた。今までのやりとりを全部見られていたことを悟り、顔面がとんでもないほど赤くなってきてしまっていることを自覚する。
そして、扉のそばにはいつからいたのか、プロデューサーさんまでもがいる。
しかし、三人には今のありすの様子なんて目に入っていないようだ。何故なら、みんな自分の流した涙や鼻水が止まらないようで、ハンカチやティッシュを顔から離せないでいるからだ。
「やだ……見ないで、忘れてー!!」
ありすは、顔を赤くしたまま、どうやったらこの場をうまく丸め込ませることが出来るか頭をフル回転させながらまずは、手を握り合って泣いている両親の元へ駆け寄って行った。
「そうです。これは、文香さんが詠んだ『伊勢物語』の第八十二段、在原業平の和歌の、それに対する返歌です」
「よく、ご存じでしたね……」
「普段からタブレット端末を持ち歩いてますので、ネットさえ繋がればその関連情報を検索して、詳しい情報を手に入れるのなんて、簡単です、よ」
ありすははにかみながら解説した。
「そうでしたか……」
「桜は散ってゆくからこそ美しいんです。私たちは変わらずにはいられません。時は私たちの空間から等しく流れていきます。でも、だからこそ、価値があるんです!」
いつだったか、文香さんに教えてもらった言葉を思い出していた。
文香さんは流れるままになっていた涙をぬぐった。
そして、それまでの激しく動いていた感情の流れは鳴りを潜め、ありす同様にはにかみながら小さな声で言った。
「その通りです、ありすちゃん……。いつの間にか、私がありすちゃんに励ましてもらっちゃっていますね」
そういえばそうだ。流れでよくわからない方向に話が飛んで行ってしまった。
「あ、あぅぅ、そんなつもりじゃなかったのに」
「いえ、私はとても勇気付けられました。本当に、ありがとうございます……」
「もうっ、私を元気づけようとしてくれてたんじゃないですか?」
「そういえば、そうでしたね」
文香さんの顔には、すっかりいつもの落ち着いた笑みが戻っている。ありすは仕方ないなと、少し呆れるようにして、同じく笑顔を浮かべた。
そしてどちらともなく近づき、手を取り合う
「……ありすちゃんに出会えて、本当に良かった」
「まだまだ私たち、出会ったばかりじゃないですか。そんなことでお礼なんて言わないでください」
「でも、やっぱり言わせてください。…………ありがとう、私の 橘ありすちゃん」
「こちらこそ。ありがとうございます、私の 鷺沢文香さん」
お互いがお互いにとってのシンデレラ。
二人は見つめあいながらにっこりと笑い合った。
「さ、ありすちゃん。すっかりご両親を放っておきっぱなしですよ。どうぞ、行ってあげてください」
「へ? あ、あ、ああ……ああああっ!!!」
完全に両親の存在を忘れ去っていた。今までのやりとりを全部見られていたことを悟り、顔面がとんでもないほど赤くなってきてしまっていることを自覚する。
そして、扉のそばにはいつからいたのか、プロデューサーさんまでもがいる。
しかし、三人には今のありすの様子なんて目に入っていないようだ。何故なら、みんな自分の流した涙や鼻水が止まらないようで、ハンカチやティッシュを顔から離せないでいるからだ。
「やだ……見ないで、忘れてー!!」
ありすは、顔を赤くしたまま、どうやったらこの場をうまく丸め込ませることが出来るか頭をフル回転させながらまずは、手を握り合って泣いている両親の元へ駆け寄って行った。
窓の外には桜の木が一輪だけ花を咲かせて、ありすと文香のことを見守るように、顔をのぞかせていた。
終わり
あとがき
フォロワーに勧められた結果、猛烈にありふみファンになってしまいましたので、ありふみショートストーリーを書こうという今回の機運が生まれました。色々反省点などはありますが今は、衝動のままにありふみの友情の物語を書くことが出来て満足しています。願わくば、奇跡的にもこの作品を読んでくださった絵心のある方がいらっしゃったならば、ありすの卒業をテーマしたありふみ絵を描き起こしてくれればな~、なんて思っちゃったりして……。
それでは、次の機運が高まった頃にまた。
それでは、次の機運が高まった頃にまた。