天邪鬼の目

ラノベ、アニメ、美少女ゲームの感想、または備忘録的な雑文を記す場所

梅雨の日

雨が…

私の心の中に
雨が降る…


 梅雨が目前に迫ってきている五月の下旬。都内では、今年初の真夏日が観測された。
 街の人々は強烈な日差しと熱波にあえぎ、日傘やハンカチが手放せないでいる。
 この日、美城プロダクションの敷地内にあるカフェテリアでは、新たに夏用のメニューが投入され、大いににぎわっていた。
 新田美波鷺沢文香、橘ありす、相葉夕美高森藍子の五人は、新ユニット”アインフェリア”のメンバーとして、新曲リリース後の初のライブに臨むため、ダンスのブラッシュアップを重ねている最中だ。そのレッスン後に、彼女たちはこのカフェを訪れていた。
「うわ、すごい。人でいっぱいですね。座れる場所あるかな」
「……慌てなくてもいいですよ、ありすちゃん。落ち着いて探してください」
「おーい、ありすちゃん、文香さん、こっちこっち」
 呼び声の方を向くと、美波が大きな傘の付いた、全員が座れるテラス席を見つけてくれていた。
「はーい、すぐに行きます」
 ありすは美波たちに声をかけて「さ、文香さん」と文香の手を差し出して歩き出した。
 文香は「はい、ありすちゃん」と手を握る。どちらの手も、レッスン後の興奮が冷めないまま、熱を放っていた。
「わあ、ありすちゃんと文香さん、相変わらず仲良く百合の花を咲かせてるねっ!」
 夕美がとろけそうなほど優し気な顔をする。
「そ、そんな、ゆ、百合って……そういうのじゃありませんよ!」
「ふふふ、顔が赤くなっちゃってますよ?」
「藍子さんまで……からかわないでください!」
 ありすは、文香と繋いでいる手とは逆の手を振り回して否定する。文香は彼女らのやりとりに、手を口元に当てて微笑んでいる。
「さあさ、夕美ちゃんと藍子ちゃん、からかってばかりいないで。ありすちゃんと文香さんを座らせてあげて」
「あ、すみませーん。なぜか二人を見ているとつい」
「どうぞ、こっちに座ってください」
 夕美は手を合わせて舌を出しながら謝る。藍子は二人のために空いている席を引いた。
「ありがとうございます。……さあ、ありすちゃん、座りましょう」
「ふう、そうですね」
 ようやく手を放した二人は、各々席に座った。
「メニューは何にしようか」
 美波はテーブルの中心にメニューを広げる。
「わ、私は今日からの新作メニューにしますっ」
 ありすは「ハイ」と手を挙げ、いち早くメニューの一つを指を差した。
 それはイチゴの果実とソースがふんだんに使われた、フラッペとカプチーノがミックスされたようなドリンクだった。大きくメニューの一番目立つ位置に陣取り、新メニューとしての存在感をアピールしている。凍った状態から、半分ほど溶けかかった赤いイチゴのフルーティな雰囲気と、真っ白いホイップクリームとが合わさり、清涼感をみなぎらせている。
「ありすちゃんは、このメニューが発売されることをとても待ち遠しく思っていましたね……」
「ああ、イチゴだから、だね」
 美波は手を合わせて微笑んだ。
「ありすちゃんのおススメかあ。私もそれにしようっと」
「なら、私もそれにします」
「文香さんは、どれにする?」
「私も……ありすちゃんと同じメニューにします」
 みんな同じメニューだね、と微笑むと、美波はウェイトレスを呼んで、五人分のメニューをオーダーした。
 ウェイトレスの女性は、溌剌とした顔を浮かべ、元気にオーダーを確認して去って行った。小柄な見た目ながらも、この暑さの中でも、笑顔や姿勢をまったく崩さずに接客を続けている。五人はひそかに、こんな大人になろうと決心した。

☆    ☆

「こんなに暑くて日差しもキツいけど、まだ梅雨入り前なんですよねえ」
「太陽が元気いっぱいなのは良いことだけど、このままじゃお花もしおれちゃいそうだよお」
 夕美と藍子は、額に手をかざしながら、照り付ける太陽を見上げる。
「外気温は既に三十度を超えているようですよ。あ、でも予報では、もう直に、梅雨入りするみたいですね」
 ありすはタブレットを操作しながら言う。
「ありすちゃん、そのタブレット、持ってて熱くない?」
「そ、そんなことありませんよ?」
 文香はそっとありすの持っているタブレットの背面に触れた。その拍子に、ありすの手の甲にも触れる形となり、ありすの手は小さく震えた。
「これは仕舞っておきましょう。……さあ、こちらを向いてください」
 ありすは美波と文香の助言通り、タブレットを仕舞い、隣の席の文香の方を向いた。すると、微かだが、そよ風が吹いてきた。文香が扇を広げて扇いでくれているのだ。
「ああ、文香さん、とっても、涼しいです……」
 ありすは、猫のように目を細めて、文香が送ってくれる風を、受け入れている。
「ありすちゃんはすっかり文香さんに手懐けられちゃってるね」
「へへへ、私はもう文香さんのものです……」
「私、こん即落ちありすちゃんを見るのは初めてです」
「即落ちとな……?」
「ふふ、ありすちゃんは文香さん相手なら何でもしちゃうものね~」
 美波がいたずらな心を含ませて言う。「そんなことはないですよぉ」と反論しつつも、ありすはすっかり文香が送る、そよ風の虜になってしまっていた。
 そのうちに、ありすはいきなり目をパチっと大きく瞬かせると、文香さん、交代しましょうと文香が反応する前に、扇をひょいと取り上げ、同じように文香に風を送り始めた。その様子に、今度は文香が目を細めた。
「…ありすちゃん、ありがとう」
「いえいえ……」
 そんな二人の様子に、他の三人は苦笑いしながら、呆れて肩をすくめるだけだった。
 そうしているうちに、注文したドリンクが運ばれてきた。冷たいカプチーノをベースに、凍ったイチゴとホイップクリーム、イチゴソースなどが盛られ、彩られている。てっぺんにはミントが飾られている。写真の通り清涼感たっぷりだ。
「わあ、綺麗……。イチゴも大きくて、真っ赤ですよ! ささ、みなさん、いただきましょう」
 ありすは目を輝かせて、ストローを口にくわえた。小さく口をすぼめている姿は、小型の愛玩動物を思わせる。頬に手を当てて幸せそうにしている光景に、年長四人も、自然と相好を崩すのだった。

 五人はしばらくの間、厳しい日差しを遮る大きな傘の下で、お洒落なドリンクを片手に、趣味のこと、レッスンのこと、日常生活のこと、たくさんの他愛のないおしゃべりをして、涼を楽しんでいた。
 ひとしきりおしゃべりを楽しんだところで、文香はふと、辺りが暗くなっていることに気が付き、傘の向こうにある空を見上げた。
「……あら、これは、ひと雨来そうですね」
 四人も揃って空を見上げる。
「本当ですね。さっきまであんなに青々としていたのに、雲がモクモクと覆ってきていますよ」
 確実な雨の予感。暗雲が立ち込め始めたのを契機に、回りの人々も段々散り散りになっていく。
「風も出てきたから、これはいよいよ降ってきちゃうね。みんな、寒くない?」
「私は、少し肌寒くなってきましたね」
 夕美は、肩からむき出しになっている腕をさすり始めた。
「私たちもビルの中へ入っちゃおっか。どこか、座れる場所を見つけておいてくれるかな?」
 美波はそう告げると、会計表を持ちレジへ向かって行った。
「……私たちは、先に中に入ってしまいましょう。お金はそれぞれ、後で美波さんに返してあげてください……」
 文香の後を、ありす、藍子、夕美は着いて行く。四人はビルのホールにある談話スペースを見つけると、腰を落ち着けた。
 すぐに、会計を終わらせた美波も追いついてきた。すぐさま椅子を美波の元に持って行くありす。美波はありすの頭を撫でた。
「ありがとう、ありすちゃん!」
「と、とんでもないです」
 ありすは頬を紅潮させながら、文香の隣の椅子に戻って行く。
「あ、ポツンと雨粒が降ってきましたよ」
 藍子が雨粒が当たった窓を指さした。
「いよいよ降り始めてきたねー」
 夕美はテーブルに肘をつきながら窓の外を見つめている。
「最近はずっと晴れの日が続いていたから、植物にとっては恵みの雨になるね」
「ふふ、夕美さんらしい考えですね」
「うん、お外で活動しにくくなるのは残念だけど、お花たちが綺麗に咲くことにつながるって考えると、とっても素敵だなって思うよ」
 夕美と藍子の会話は、雨が降っていても弾んでいるようだ。
 ありすも、同じように雨脚が早まってきた空をながめている。しかし、その顔は夕美たちとは異なり、物憂げな顔を浮かばせている。文香は、そんなありすの様子に気が付き、声をかけた。
「ありすちゃん……どうかしましたか?」
「いえ、どうかしたっていうわけではないんですけど……」
「……私が言うのもおかしいのでしょうが、暗い面立ちになっていますよ」
「うーん、なんででしょうね。本当にさっきまでは、なんとも感じていなかったんですけど、不思議ですね」
 ありすは、えへへと苦笑いをうかべると、また窓の方を向いてしまう。彼女のチャームポイントである髪を留める大きなリボンも、どことなく縮こまって見える。
「……そうです、ありすちゃん。明日の予定は私と同じ、レッスンだけですよね? 良かったら……今夜は私の家に来ませんか?」
「ふぇっ!?」
 文香の突然の申し出に、ありすを含め、それを聞いていた三人の動きが完全に止まった。ありすのリボンだけが、静止が効かずに伸び上がった。
「えっと……すみません、もう一度言ってもらえますか?」
「……今夜、私の家に来ませんか……と。つまりお泊りのお誘いなのですが、あの……ご迷惑でしょうか?」
「い、いえっ、迷惑だなんてそんなこと絶対に思いません! む、むしろ光栄です!!」
「そうですか……。なら、良かったです。ご両親には、私の方からご連絡させていただきますね……」
「それには及びません! それくらい、自分で出来ますから」
 ありすは、慌てたまま、スマホを取り出して、仕事中であろう両親へメッセージを送った。夜にまた電話で連絡すれば良いだろう。
 突然の文香の提案とそれに応じるありすの様子を、美波と夕美と藍子は固唾をのんで見守っている。彼女らは完全に客席にいる観客の様相を呈している。
 数分後、ありすは両親にメッセージを送り終え、顔を上げた。
「連絡はしました。また後で電話連絡をするつもりなので、大丈夫です」
「そうですか。ご心配をおかけしてはいけませんので、そのときは、私もご連絡させてくださいね」
 文香は、しっとりと微笑んだ。
「文香さん、今日はすごく大胆だね。一体どうしたの?」
 美波が代表して質問をする。
「……いえ、なんとなく、今日はありすちゃんと一緒の夜を過ごしたいなと、思いまして……」
 小さいながらも、良く通った声だった。
ありすは先ほど食べたイチゴよりも顔を真っ赤にさせた。夕美と藍子は互いの手を握り合って、黄色い声を上げている。美波も、仄かに顔を赤らめている。
「うわー、そうなんだ! うん、二人はとっても仲良しだもんね!」
「ええ、そうなんです……」
 キャーと声を抑えた嬌声が響く。ありすはどんな顔をしたら良いのかわからなくなり、只々大きな目を見開かせて、蒸気が噴出するかと思われるほどに、顔を赤くさせている。
「さあ、ありすたちゃん……雨が本降りにならないうちに、着替えなどの買い物を済ませてしまいましょうか」
「は、はい!」
「ありすちゃんは、今日傘を持ってきていますか?」
「あ、いえ、できるだけに荷物を減らしたいと思って、持ってきませんでした……」
「そうですか。なら、一緒に私の傘に入って行きましょう」
「ふぁ……ありがとうございます」
「ふふふ、さあ、行きましょうか。……みなさん、今日もお疲れさまでした。明日もまた、よろしくお願いします」
 文香は、三人に頭を下げると、バッグから折り畳み傘を取り出し、立ち上がった。
 慌ててありすも立ち上がり、ペコリとお辞儀をする。
 二人はゆっくりとビルの外に歩き出して行った。
 残された三人はその後、今まであったことについて、あれやこれやと妄想力たくましい会話に華を咲かせ続けることになった。

☆     ☆

 一通りの買い物を終えたありすと文香は、そのまま文香の自宅まで向かった。荷物はありすが持つと言って聞かなかった。なので、傘は文香が差すこととなり、ありすは両手いっぱいに荷物を抱えることになった。
 二人が家に着く頃には、雨の影響で外はすっかり暗くなってしまっていた。
「……お疲れさまです、ありすちゃん。疲れたでしょう」
「いえ、そんなことはありません。なんてことないですよ」
「そう、ですか。でも、雨に体温を奪われてしまっているでしょう。冷たいものも飲んだ後でしたし……。早いうちに、お風呂に入ってしまいましょう。タイマーはセットしてあったので、もう、お湯は貼られているはずです。」
「あ、それなら、文香さんからどうぞ……」
「いえ、せっかくなので……一緒に入りましょう。広さは十分あるはずですから」
「ふえっ!? そそそ、そんなそんなそんな……いやいやいや」
 ついにありすはパニック状態に陥ってしまった。
 日頃からお世話になっているとはいえ、自宅に上がらせてもらって、いきなりお風呂なんて早すぎるっ。どうしてそうなった。
 そう、訴えたかったが、言葉にならず、手はせわしなく動かすだけで……。ついに目を回してしまった。
「……ありすちゃん、落ち着いてください。変なことは何もしませんから」
「へ、変なことっ!?」
 ついに沸騰してしまったありすの頭は、”変なこと”で支配されてしまい、身体が崩れ落ちてしまった。
「……余計なことを言ってしまったみたいですね。……こうなったら」
文香は、手早く荷物をリビングに置いてくると、先ほど購入してきたありすの着替えと自分の分を取ってきた。そして、着替えをありすに持たせ、余計な勢いを感じさせない絶妙な力加減でお姫様抱っこをするように、両腕でありすの首元と両ひざを持ち上げた。
「ふぁ、はわわわわ、ふ、文香さん、にゃ、何をするんですか!」
「ありすちゃんを、お風呂まで、抱っこして行くのです」
「私、重くないですか……?」
「そんなことはありませんよ。とっても軽くて柔らかい……まるで天使のようです」
 天使のようとまで言われてしまい、ありすは恥ずかしさのあまり、お腹の上の着替えに顔をうずめた。着替えからは、ほんのりと甘い香りが漂ってくる。優しい匂いだった。
「良い匂い……」
 ありすは、顔を上げずにつぶやく。
「え?」
「文香さんの着替え、とっても良い匂いがします」
「そう……ですか。悪い気持ちは、しませんね」
 淡々としているようで、文香の声からは微笑が含まれていることがわかる。
 匂いのおかげで、だいぶ落ち着きを取り戻せた。
 洗面所に着くと、文香はありすを下ろして、棚から二枚バスタオルを取り出してきた。
「……はい、片方はありすちゃんの分です」
「ありがとうございます」

 二人は服を脱いで浴室に入った。バスタブには、確かにもうお湯が張られていた。室内全体が、まるで熱帯のように湿気を帯びている。
「今日は、久しぶりに、この入浴剤を入れてみましょうか」
 文香は、一つの入浴剤をお湯に入れた。浴槽に入れた瞬間、お湯は白く染まり、浴室全体が甘い、ミルキーな匂いに包まれた。
「ふわぁ……優しい匂いですね」
「お風呂で本を読むときに、よく使っていた入浴剤なのですが……気に入ってくれたのなら、良かったです」
「そうなんですか。私も同じのを使ってみたいです。良かったら、商品名を教えていただけませんか?」
「はい、後で入れる前のものを、お見せします。たくさん持っているので一つくらい、持って帰ってください」
「良いんですか? ありがとうございます」
 ありすは嬉しそうに、顔をほころばせた。
「ありすちゃん、せっかく一緒のお風呂に入っているのですから、身体の流し合いをしませんか……?」
「ふえっ!? そそそ、そんなことまで……。いえ、か、身体くらい一人で洗えますよ!」
「そんなことを言わずに……裸の付き合い、というものも、悪いものではないと聞いたことがります。さあ、こちらに背中を向けてください……」
「うぅ……、今日の文香さんはすごく、積極的です。一体、どうしたんですか?」
「いえ……ただの私の気まぐれです。私のわがままに、付き合ってはくれないでしょうか……?」
「そう、なんですか。じゃあ、よろしくお願いします」
 そこまで言われては断る理由もない。ありすはバスチェアに腰かけ、文香にその華奢な背中を預けた
「……こちらこそ、よろしくお願いします。まずは頭から洗いましょう。痛くならないよう、努力しますが、痛いようでしたら、いつでも言ってください」
「……はい」
「……シャンプーハットのようなものは持っていないのですが、大丈夫でしょうか?」
「もうっ、子供扱いしないでください! そんなこと言うなんて、文香さんらしくないですよ!」
「ふふっ、ごめんなさい。どうにも、裸になってしまうと、いつもの自分とは別の思考が働いてしまうようでして、いけませんね……」
「文香さんにも、そういう一面があるんですね」
 手櫛で髪を梳かれている最中、ありすは、子供扱いされたことよりも、文香の意外な一面を垣間見ることができたことに驚いていた。
「……さあ、お湯をかけますね」
 風呂桶から数回、頭にお湯が注がれた。
 身体全体が、暖かいお湯のおかげでほぐれてゆく。お湯が身体を流れるたびに、入浴剤の香りが鼻をくすぐる。
 文香の手がありすの髪の中に差し込まれる。頭のてっぺんから、ゆっくりと毛先の方に揉まれ、シャンプーがなじんでゆく。
 上から下へと、撫でるような手の動きは、決して強くないのに、引き込まれる。頭が自然と文香の胸へと、倒れ掛かってしまいそうだ。
「お加減は、いかがですか?」
「はい、とても良い気持ちです……」
「頭皮を、揉み洗いしていきますね」
 そう言うと、文香の手は、ありすのうなじから頭頂部にかけて、優しく、揉みほぐすように伝って行った。
 指の動き一本一本が、余韻として頭の中に浸透してゆく。今度は、身体全体が天へと突き上げられてゆくようだ。
 ありすの頭はもう、文香の手の支配下に置かれてしまっていた。
 シャンプーの泡が、今度はシャワーによってすすがれる。
 泡が毛先から落ちてゆく感覚の気持ち良さに、ありすは髪ごと洗い落されてしまっているのではないか、という不安さえ抱いた。
「……トリートメントをつけますね」
「はいぃ……」
 ありすのろれつはもはや回っていない。泡とともに思考も流れ出てしまったようだ。
 再度、文香の手は、ありすの髪の根元から毛先へと、梳くように撫でる。
 その折れてしまいそうな細い指は、ありすの深く、深くまで入り込んでいった。
「前の方は、自分で、お願いしますね」
「ふえぇ……え?」
 瞬きをすると、ありすは自分の手の上に、一つのスポンジが置かれていることに気付いた。
 いつの間にか、トリートメントも綺麗に洗い流されていたようだ。思考も次第に形を成して戻ってくる。
「さすがに、身体の前面も、私が洗うわけにはいきませんから……」
「は、はいっ。そうですよね」
 振り向いた文香の顔には、照れ臭そうな顔が浮かんでいた。
 その様子に、ありすは顔を真っ赤にして勢い良く身体を正面に向ける。文香のスタイルの良い身体が目に焼き付いてしまい、身体を掻き抱くように丸める。
 背後からは、ボディソープとスポンジがこすれる音がする。ありすもスポンジに石鹸をしみこませて、泡を立てる。
 文香のスポンジが、そっと背中に触れた。
 その感触のこそばゆさに、ありすの背筋は台座を押された脱力人形のように伸び、鈴虫のごとく身体を一瞬震わせた。
「……くすぐったいですか?」
「……少し」
「すぐに、なれると思うので、少々我慢してください」
 文香は、そのままありすの背中を洗い続ける。
「……ありすちゃんの背中は、とてもかわいらしいです」
「でも、早く大きくなって、文香さんのような立派な身体になりたいです」
「まだまだ成長途中のその背中を、精いっぱい背伸びして、頑張る姿は、とても立派です。私にとっては、すごく大きな背中に見えてなりません。……ありすちゃんも、同年代の子たちの姿を見て、そう思うことはありませんか?」
「そう、ですね」
 確かに、自分が尊敬し、輝いているアイドルたちは皆、背が大きく見える。個性的だとは思うけど、それぞれが自分の持ち味を引き出していて、素敵だな。と今のありすには思えた。
 どんな天気の日でも、予期せぬトラブルが起こったときでも、彼女たちの輝きは鈍らない。いや、そう見せないだけの努力があるのだろう。
「……この背中には、はち切れんばかりの力が秘められています。音楽だけではなく、ありすちゃん自身にも、人を変えられるほどの力が、あるのですよ」
「そうだと良いんですけど」
 一通り身体を洗うと、お湯を肩からかけられた。
 雨でこびりついた、不思議なモヤモヤとした感情が、泡と一緒に、排水溝の向こうへと、流されて行った。
「……さあ、今度はありすちゃんが、お願いします」
「はい」
 ありすはスポンジを受け取り、バスチェアから立ち上がった。今度はそこに文香が座る。
 文香と同じ手順で頭のてっぺんからつま先まで洗われてゆく。
 文香の陶磁のような背中は、ありす同様、華奢ではあるが、彼女のものよりもずっと広い。そして、女性らしい豊かな丸みと柔らかさを備えている。今のありすにはまだないものだ。
「文香さんの身体、とても綺麗です」
「……ありがとうございます。ありすちゃんのお肌も、キメ細かくて、まるで卵のようでした」
「そうですか? ……えへへ、ありがとうございます」
 いつの間にか、スポンジはありすの手から離れ、床に落ちていた。
 ボディソープの付いた手が、文香の首から腰まで順繰りと撫でてゆく。
 石鹸のぬめりによって、驚くほどなめらかに指が滑る。
 この肌にずっと触れていたい、もっと触っていたい、という感情が胸の内からあふれてくる。
 この肌に、頬をすり寄せていられたなら――
 顔が肩甲骨のあたりに吸い寄せられてゆく。
 そして自然と、いつしか、二本の腕が、文香の背中下から、へそ回りへと、伸びていった。
「――ありすちゃん、お話しがあるのですけど、よろしいでしょうか?」
「ひゃっ、ハイ!」
 文香の顔は前方を向いたままだ。
 ありすのは、文香の言葉に跳ね返されるように、一気に身体を引き離した。
「……言うか、言わないか、ずっと悩んでいたのですけど、決めました」
 文香の声には先ほどとは打って変わって、緊張が含まれている。ありすは敏感にそれを感じ取った。
 何かよからぬことが文香の口から発せられる。一瞬にして身体の隅から理解できてしまう。口の中の水分が奥に引っ込み、乾いてしまった。
 数舜の間、換気扇のまわる音だけが、その場を支配した。 
「何を、ですか?」
 唇を湿らせ、おそるおそる、次の言葉を促す。
「……私、アイドル活動を休止して、子供を産む予定なのです……」
「え」
 ありすの視界が反転し、時間が停止した。
「……次のライブが終わったら、公に発表されることになっています。いずれ、他のみなさんにも情報が行き渡ることになると思われます」
「そんな、何でいきなり……」
 なんとか言葉をひねり出す。
「私の一番大切な、ありすちゃんにだけは、先にお伝えしたいと思って……」
 文香は、既に言うことを決めているようだった。滔々と、ゆっくりと、ありすの顔を見ないまま、言葉が紡がれてゆく。
「……お相手は、私たちのプロデューサーさんです。出会って、スカウトしていただいて、プロデュースしていただいて……。いつしか互いに惹かれ合って、お付き合いをして、愛し合いました。近々入籍をする予定です。……もう、このお腹には赤ちゃんもいます」
 文香はそこで言葉を区切った。
「そう、なんですか……」
 あまりに衝撃的な告白の連続に、ありすは、相づちを打つことしかできない。
「……みなさんと、ありすちゃんともっと活動を共にしてゆきたい気持ちは、心の底からあるのですが、もう決めました」
 文香の声からは、静かだが、確固たる意志を感じる。初めてユニットとしてステージに立ったときとは、まったく比べ物にならない。
 きっと、ありすの知らないところでも、彼女はさまざまな経験を積んで、大人になっていったのだろう。
 聡く、センスの良いありすには、そのことを想像するのは、たやすいことだった。
「はなはだ傲慢なことであると、自覚をしてはいるのですが……ライブ前に、ありすちゃんを動揺させてしまうのではないかと思うと、心が苦しくて……。プロデューサーさんに相談したのですが、自分で決めた方が良い、と。そうして、今決心したのです」
「…………」
 湯気が風呂場いっぱいに立ち込める中、ありすは言葉を発することができない。
「まだ、お腹の大きさは目立たないのですが、お腹では、もう赤ちゃんが活動しているようです。……ありすちゃんも、触ってみては、くれませんか?」
 そこで、初めて文香は振り返り、ありすの顔を見上げた。顔は上気し、目は潤んで、輝いている。
「…………」
「ありすちゃんに、ぜひ触れてほしいです」
 ありすは、膝立ちをして、震えながら文香のお腹に手を当てる。
「……………」
「私のお腹に、顔を当ててみてください」
 言われるままに、身をかがめて顔を近づける。
 ヒビの入ったガラスに触れるように、そっと、耳を文香のお腹に当てる。
 支えるようにして、文香の片手が、ありすの頭を下からすくい上げる。もう片方の手が、位置を安定させるために、顎を固定した。そうして、包み込むように、顔にお腹が押し当てられる。
「…………」
 一滴、文香の髪の毛から降ってきた水滴が、頬に当たった。
「――あ、動いた……」
「わかりましたか?」
「また、動きました」
「これが、赤ちゃんの動きです」
「これが、そうなんですか……」
 ありすにとって、初めての感覚だった。
「これが、赤ちゃんの動きなんですね」
 動く。動いている。
「私にも、赤ちゃんの鼓動が、わかります」
「……それは、私にとって、とても喜ばしいことです」
「まだ、このまま感じていたいです」
「ええ、もちろんです。湯冷めには気を付けてください」
 文香の体温を感じる。その奥に、新たな生命の胎動を感じる。
 過ぎ去ってゆく想い、到来する新たな想い。それが、慈愛の心だということに、ありすが理解するのは、まだしばらくの時間を必要とする。
 目まぐるしく切り替わってゆく感情の奔流に身を任せ、ありすは目を閉じた。
「文香さん、お母さんになるんですね」
「ええ」
「また、これからも触らせてもらって、良いですか?」
「もちろんです」
「赤ちゃんが生まれたら、見に行っても良いですか?」
「歓迎します」
「抱っこしたり、写真を撮ったり、一緒に遊んだりしても良いですか?」
「いつでも、会いにきてください」
「また、一緒に歌って、踊ってください……」
「……それは、約束はできません」
 わかっていること。それでも、言わずにはいられなかった。
 握りしめた手に力がこもる。
「どうして……ですか?」
「現実的な話をすると……私やありすちゃんの気持ちだけで、世の中が決まるわけではありません。あらゆる環境、条件、それらの歯車が、ピタリと一致したときに、叶うものなのです」
「私は、文香さんと一緒に歌いたいんです!」
「それは、私もですっ……!」
 ありすの頭を支えていた両手が大きく動き、彼女の脇に差し込まれる。そのまま腕力の力だけで身体が持ち上げられ、胸元まで引き寄せられた。
 豊かな胸がありすの顔に押し当てられる。
 文香の顔もまた、ありすの小さな肩にうずめられる。
「私も、まだまだありすちゃんと一緒に歌って、踊っていたいです。でも、私は選ばなくてはいけない。同時に、すべてを抱えたままではいられない。そういう現実があります。私も、もっともっとありすちゃんと一緒にいたい……っ!」
 それは、普段の知的な彼女からは発せられない、生の感情の叫びだった。
 身震いすると、文香は身体を引いてありすと向き合った。先ほどから変わらず、目は潤んでいる、今にも涙が零れ落ちそうになっている。しかし、口調ははっきりとしたものだった。
「……ありすちゃんは一人じゃありません。もちろん、私も……。私たちには同じ仲間、ファンのみなさんがいます。私たちは、二人で一人の存在などではなく、個人同士。良い意味でも、悪い意味でも……。お互いを引き寄せることも、離れなければいけないときも、あるのです」
「文香さん……」
 そうして、文香は首をほんの少し傾けて、微笑んだ。目を閉じた瞬間に落ちたしずくは、涙だったのか。それとも、目にかかりがちな髪に残っている水滴だったのか。ありすには判断することができなかった。
 ありすは、長い長い文香の告白を聞き終えると、彼女の首に腕を回した。文香もありすの身体に両腕をまわした。
 二人は長い間抱き合っていた。片方が一回くしゃみをして、湯船に浸かろうと提案するまで、そうしていた。

☆    ☆

 数週間後、アインフェリアのライブは見事成功に終わった。
 その数日後、鷺沢文香の結婚、妊娠、そして芸能活動の休止が事務所から発表された。ファンはもちろんのこと、周りのアイドルたちも大層驚いていた様子だったが、皆、暖かくその報告を祝福した。
 文香が出勤する最後の日、会社では文香を送り出すささやかなパーティが行われた。
 ありすは皆の代表として、餞別に花束を贈った。文香は、いつもの落ち着いた笑みを浮かべて、礼を言った。
 そうして文香は、降りしきる雨の中を、婚約者であるプロデューサーに付き添われて、美城プロのビルを後にした。
 ありすは小さくなってゆくその後ろ姿を、いつまでも見つめていた。



「――ありすちゃん、大丈夫?」
「……美波さん」
「文香さん、行っちゃったね」
「また、戻ってきてくれますよ」
「そうだね。そう、言ってたものね」
「……雨、やんでくれませんね」
「まだ、梅雨だもの」
「いつまで降り続けるのかなあ」
「ありすちゃん……」

雨が…

私の心の中に
雨が降る…

おわり



あとがき
補足ですが、最初と最後の"雨が…~"の部分は『エクゾスカル零』7巻、御菩薩木紡のセリフのパロディです。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!

私のシンデレラガール ~橘ありすの卒業式~

橘ありす・鷺沢文香SS
アイドルマスターシンデレラガールズ二次創作)
 
                                                       私のシンデレラガール ~橘ありすの卒業式~
 

「世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし……」
 
「え?」
 三月のはじめ、レッスンを終え、社内のカフェでお茶をしていると、文香さんが本から顔を上げて、窓の外を見つめながらそうぽつりとつぶやいた。
「どうかしたんですか?」
 文香さんはゆっくりと顔を向けてきた。
「いえ、桜のつぼみが花開きそうだな、と思っていました。もう、春は目前なのだな、と」
 今年度の冬はだいぶ暖かかったようで、雪も全然降らなかった。その影響なのだろうか。桜の花が開くのも、いつもの年よりも早いのかもしれない。
 文香さんは続けて言った。
「ありすちゃんが通っている小学校も、そろそろ卒業式があるのではないですか?」
「はい、来週卒業式の予定が入っていますけど……それがどうしましたか?」
 手帳を見て予定を確認しながら答えた。
 ぽかぽかとした太陽の光が、ガラス窓を通して室内にまで降り注いでいる。その温かさに気が緩んでしまっていて、頭があまりうまく回っている気がしない。文香さんの言葉の意図が読み取れない。
 でも確かに、もうすぐありすは小学校を卒業する。四月になると、晴れて中学生になるのだ。
「……いえ、ただ、時間は否応なしに流れゆくものなのだな、と改めて実感していたのです」
 昼下がりの日光がカフェの中を満たし、これ以上ないほどの明るさが広がっているというのに、文香さんの顔からはいつも以上に暗い面差しをたたえている。
「そう、なんですか……」
 "プロジェクト・クローネ"のメンバーに選出されて、文香さんとユニットを組み、『オータムフェスティバル』、『シンデレラの舞踏会』という二つの大きなステージを経験した。困難が立ちふさがることはあるものの、二人は着実にユニットとして成長してきている。
 それでも、ありすにとって鷺沢文香という女性は、まだまだ謎多き存在である。彼女の言動の裏に潜む真意を探り当てるのは難しい。
「……それはそうと、ありすちゃんの卒業式に、ご両親は見に来てくれるのでしょうか?」
「いえ、両親は相変わらず仕事で忙しいようなので、参加は難しいみたいです」
「そう、なんですか……」
 文香さんは伏し目がちな顔をさらに俯かせた。両親が来られないことに同情にしてくれているのだろうか。たかが小学校の卒業式なのに、別にそんなこと気にしないのに。
 ありすは空気を変えようとまくし立てた。
「でも! 当日は私、仕事の一環で、クローネの最年少メンバーとしての心境を語る、卒業後のインタビューの予定が入っていましてっ、カメラが入る予定になっているのですごく忙しくなると思います! 両親のことを考えている暇もないかもしれませんね」
 事実の内側にあるのは虚勢なのか、本心なのか。自分でもわからないことを言ってしまった。
「……ありすちゃんは、強い子ですね」
 文香さんは顔を上げて、しっとりと微笑んでくれた。
「いえ……そんなことは、ないです……」
 その笑顔に、今度はありすの方が顔を俯かせてしまう。
 そこに、弾んだ叫び声が飛んできた。
「「あー! ありすちゃんがまっかな顔してるーー!!」」
 パっと顔を上げると、"シンデレラプロジェクト"の赤城みりあさんと城ケ崎莉嘉さんが好奇心ではじけそうな顔をして、テーブルにやってきた。
私服姿で荷物を持ちながらレッスン場の方からやってきたので、二人ともレッスン上がりのようだ。
 ありすは慌てて腰を上げ、二人の前に立った。
「な、なんですか二人とも」
「えーっとね、ありすちゃんと本のお姉ちゃんが一緒にいて、ありすちゃんがもじもじしてて、かわいいなーって思ったから声をかけてみたの!」
「そうそう、二人はなんの話をしてたのー?」
「ななな、何でもありません……っ!」
 みりあさんと莉嘉さんに見られていたことに狼狽して、不覚にも口が回らなくなってしまう。
「「やーーーん!! もっと赤くなってるーカワイイーーー!!!」」
 二人は満面の笑みを浮かべながら身体をくねくねさせた。
 可愛い可愛いと言われる度に恥ずかしさで身を縮ませてしまう。
 そんな様子を見てか、文香さんが会話に入り込んできてくれた。
「……赤城さん、城ケ崎さん、こんにちは。今、もうすぐやってくるありすちゃんの卒業式について、お話ししていたんですよ」
「わわ、あいさつ忘れちゃってたよ……。こんにちは鷺沢さんっ!」
「卒業式かー。ありすちゃんは今年卒業なんだね」
「はい、そうなんです」
 一呼吸おいて、ありすは冷静に答える。
「アタシも去年やったよ。すっごく緊張したな」
「えー! 私は来年卒業なんだ。緊張しちゃったらどうしよう……」
「でもね、卒業証書をもらうときに壇に上がってたらね、保護者席の一番前の真ん中にね、お姉ちゃんとお母さんとお父さんがいるのがわかったの! それで安心して、緊張なんてなくなっちゃったよ!」
「そうなんだー! 私のお母さんとお父さん、それと、妹も来てくれるかなー」
「大丈夫だよ。絶対に来てくれるよ!」
 みりあと莉嘉はいつの間にか二人の世界に入り込んでしまっているようだ。
「お母さんとお父さんか……」
 ありすは、会話を聞きながら、言葉に出来ないもやもやとした感覚が膨れ上がってくるのを感じた。
 文香さんはじっと座ったままだった。しかし、長い前髪の奥にある瞳は、いつになくはっきりと見開かれているようだった。
 
              ☆      ☆
 
 卒業式当日、卒業生として制服の胸に造化を付けたありすは、卒業生の列の中で、自分を戒めていた。
(仕事もあるんだからしっかりしないと)
 周りのクラスメイトはみんな、落ち着きがなく、緊張を紛らわすためか、小声で何やらしゃべっている。その会話の中で使われる「お父さんが~」、「お母さんが~」という言葉をついつい耳が拾ってしまう。
 両親がいつも忙しそうにしているのは理解している。帰ったら、父親も母親も家にいないなんてことはザラだ。
 それもこれもすべて家庭のこと、生活のことを考えてのことだろう。でも、やはり寂しいものは寂しいのだ。
 理解はしていても、感情がなかなか追いついてこない。もどかしさに、ありすは心の中でため息を吐いた。
 
              ☆      ☆
 
 式は厳かな雰囲気のもと、行われた。
 聞こえてくるのは、人の息遣いと、スピーカーから流れてくるBGMのみ。
 卒業証書の授与が行われると、卒業生が壇に上がる度にカメラのシャッター音がして、フラッシュの光が瞬く。
 どの子にもそれぞれ親や親戚の人たちが来てくれているのだ。自分に注がれるカメラのフラッシュは、きっと仕事でやってきているカメラマンさんのもの。あるいは徐々にテレビの前で歌を披露することが増えているので、自分の名前を知ってくれている人が撮っているかもしれない。
 でも、その中にありすの両親はいないのだ。
(こんなとき、文香さんがいてくれたらな……)
 アイドルとしての立場と、自分個人が抱いている気持ちがないまぜになる。自分の気持ちを抑えて、名前を呼ばれたありすは、「はい」と淡々とした口調で答え、椅子から立ち上がった。
 いくつものシャッター音が聞こえてくる。
 ありすが一歩踏み出す度に、シャッターの音と光が降り注ぐ。
 アイドルとして場数が増えてきていることもあり、身体が緊張で動かなくなったり、振る舞いにぎこちなさが出たりすることもない。横目で体育館全体を見渡せる余裕もあるくらいだ。
 壇上に立ち、礼をして顔を上げると、体育館にいる人たち全体が見えるのがわかった。
 一瞬見渡すだけで、誰もが自分を見ていることがわかる。首の動きまで丸見えだ。その感情が伝わってくるかのような錯覚を覚えた。
 ふと、そのまなざしの中に一点、好機のまなざしとは別の視線が流れ込んでくるのを感じ取った。
 それは来るはずのない両親だった。
 二人は保護者席の一番前の、壇の真正面に位置している。
 そしてもう一人、自分のパートナーである文香さんもいることを認めた。
 マスクをして顔を隠しているようだったが、ありすにはすぐに誰なのかわかった。
 その光景に、莉嘉さんが先日言っていたことを思い出した。
(もしかして、文香さんが……)
 冷たくなっていた心にぬくもりが宿る。
(一体どんな手を使ったんだか)
 自然と足取りにも力強さが生じる。
 三人の優しい面差しを背に感じながら、ありすは堂々と胸を張りながら、卒業証書を受け取った。
 雪解けのように、固まった心がほどけてゆく。温まった手の熱が、卒業証書に伝わってゆくのを、ありすは確かに感じた。
 
              ☆     ☆
 

 卒業式後、カメラの前でのインタビューの仕事を終えると、付き添ってくれていたプロデューサーさんが、両親と文香さんが保護者控室で待っていてくれていることを教えてくれた。
人がほとんどいなくなった廊下を、ありすは足早で突っ切り、控え室に向かった。
「文香さん!!」
 興奮していたので、扉を開けると同時に思わず大きな声を出してしまった。
控え室には既に他に残っている人はいなくて、マスクを外していた文香さんと、両親は驚いたように振り向いていた。向かい合って席に座っている様子から、どうやらお話しの最中だったようだ。
 ややあって、文香さんは立ち上がって姿勢を正すと、ゆっくりと微笑みを浮かべた。
「……ありすちゃん」
「もう! 驚かせないでください……。来るなら来るって事前に行っておいてくださってもよかったのに」
「ごめんなさいありすちゃん……。サプライズを用意したつもりだったのですけど、慣れないことをしてしまいました。どうやら、失敗してしまいましたね……」
「違う、違いますよ……」
 そうではない。謝らないで、謝らないでほしい。
 伝えたい言葉がうまく口から出てこない。
 ただ、自分はうれしいだけなのに。
「……両親を連れてきてくれたのは文香さんなんですよね?」
「はい。プロデューサーさんにもお手伝いをしてもらいましたけれど……。やっぱり、大切なありすちゃんの晴れの舞台なのですから、思い残すことなく、成長して人生の次のステップに繋げていってほしいです。私は、ありすちゃんのパートナーなのですから」
「文香さん……」
 『オータムフェスティバル』では、心労から体調を悪くしてしまった文香さんのことだ。仕事があったはずの両親を説得するのは大変だったことだろう。
 あのときとは違い、文香さんはいつもの思慮深い顔を絶やさず、見つめてくれている。
「世の中に たえて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし」
「先日、つぶやいていた和歌ですよね」
「ええ。あのときは、無意識のうちに口から言葉が出てしまっていたようです……。あの和歌は、在原業平が、咲き誇る桜を見ながら詠んだものです。意味は、”この世の中に桜というものがなかったとしたら、春をのどかな気持ちで過ごせるだろうに”。というものです」
 文香さんのしゃべり方が、普段のお世辞にも力があるとは言えない儚げな声から、意志のこもった声に変ってゆくのがわかった。
「ありすちゃん、私はあなたに謝らなくてはいけません」
「え?」
「この和歌には、今しがた説明したように、どうして桜はこの世にあるのだろうか。いっそう桜なんか存在しなかったら、この美しい花のことを考えずに済むのに。という意味が込められています。この桜は、そう、私にとってのありすちゃんなのです……」
 文香さんの言葉が空間に広がってゆく。
 まるで、ステージで歌を歌うときのような……。
 滔々と流れ出てゆく音の響きまでもが見えてくるような――
 
 あなたがクローネのユニットとしてパートナーになってくれてから私は変われた――
 ライブ前に私の手を握っていてくれていたその小さな手が何よりもありがたかった――
 日々成長してゆくあなたの姿を見ているのが嬉しかった――
 開花してゆくあなたはまるで春の訪れとともに花を咲かせる桜のよう――
 
「でも――春の訪れは、成長したありすちゃんを私から引き離してしまうのではないか。どんどん先へ行ってしまうありすちゃんが、私を置いて行ってしまうのではないか。そういう風に考えてしまうと、とても悲しくて……つらくて……」
広がった空間が収縮してゆく。
「文香、さん……」
「ああ、もしもありすちゃんが私の前に現れていなければ、こんな思いをすることもなかったのに……」
 いつの間にか文香さんの頬には涙が伝っていた。
「そんなこと言わないでください!!」
 とっさに怒鳴ってしまった。
「私と文香さんが出会わなければ良かったとか、そんなことは絶対にありません!」
「ありすちゃん……」
「文香さんは、知的で、美人で、私の憧れで……。私の方こそ、文香さんとの出会いによって、人生を変えられたんです!!」
 自然と涙があふれて、頬を伝うのがわかった。自然と流れる涙を押しとどめようと、ありすは精一杯にっこりと微笑んだ。そして、一句の和歌を詠む。
 
「散ればこそ いとど桜は めでたけれ 憂き世になにか 久しかるべき」
 
「その歌は……っ」
「そうです。これは、文香さんが詠んだ『伊勢物語』の第八十二段、在原業平の和歌の、それに対する返歌です」
「よく、ご存じでしたね……」
「普段からタブレット端末を持ち歩いてますので、ネットさえ繋がればその関連情報を検索して、詳しい情報を手に入れるのなんて、簡単です、よ」
 ありすははにかみながら解説した。
「そうでしたか……」 
「桜は散ってゆくからこそ美しいんです。私たちは変わらずにはいられません。時は私たちの空間から等しく流れていきます。でも、だからこそ、価値があるんです!」
 いつだったか、文香さんに教えてもらった言葉を思い出していた。
 文香さんは流れるままになっていた涙をぬぐった。
 そして、それまでの激しく動いていた感情の流れは鳴りを潜め、ありす同様にはにかみながら小さな声で言った。
「その通りです、ありすちゃん……。いつの間にか、私がありすちゃんに励ましてもらっちゃっていますね」
 そういえばそうだ。流れでよくわからない方向に話が飛んで行ってしまった。
「あ、あぅぅ、そんなつもりじゃなかったのに」
「いえ、私はとても勇気付けられました。本当に、ありがとうございます……」
「もうっ、私を元気づけようとしてくれてたんじゃないですか?」
「そういえば、そうでしたね」
 文香さんの顔には、すっかりいつもの落ち着いた笑みが戻っている。ありすは仕方ないなと、少し呆れるようにして、同じく笑顔を浮かべた。
 そしてどちらともなく近づき、手を取り合う
「……ありすちゃんに出会えて、本当に良かった」
「まだまだ私たち、出会ったばかりじゃないですか。そんなことでお礼なんて言わないでください」
「でも、やっぱり言わせてください。…………ありがとう、私の 橘ありすちゃんシンデレラガール
「こちらこそ。ありがとうございます、私の 鷺沢文香さんシンデレラガール
 お互いがお互いにとってのシンデレラ。
 二人は見つめあいながらにっこりと笑い合った。
「さ、ありすちゃん。すっかりご両親を放っておきっぱなしですよ。どうぞ、行ってあげてください」
「へ? あ、あ、ああ……ああああっ!!!」
 完全に両親の存在を忘れ去っていた。今までのやりとりを全部見られていたことを悟り、顔面がとんでもないほど赤くなってきてしまっていることを自覚する。
 そして、扉のそばにはいつからいたのか、プロデューサーさんまでもがいる。
 しかし、三人には今のありすの様子なんて目に入っていないようだ。何故なら、みんな自分の流した涙や鼻水が止まらないようで、ハンカチやティッシュを顔から離せないでいるからだ。
「やだ……見ないで、忘れてー!!」
 ありすは、顔を赤くしたまま、どうやったらこの場をうまく丸め込ませることが出来るか頭をフル回転させながらまずは、手を握り合って泣いている両親の元へ駆け寄って行った。
 
 窓の外には桜の木が一輪だけ花を咲かせて、ありすと文香のことを見守るように、顔をのぞかせていた。
 
                                                 終わり
 
あとがき
 
 フォロワーに勧められた結果、猛烈にありふみファンになってしまいましたので、ありふみショートストーリーを書こうという今回の機運が生まれました。色々反省点などはありますが今は、衝動のままにありふみの友情の物語を書くことが出来て満足しています。願わくば、奇跡的にもこの作品を読んでくださった絵心のある方がいらっしゃったならば、ありすの卒業をテーマしたありふみ絵を描き起こしてくれればな~、なんて思っちゃったりして……。
 それでは、次の機運が高まった頃にまた。
 
 

 

『夕影に忘れがたみ』感想

友人が夏コミでサウンドノベルの原作・脚本を手掛けたというので、これはプレイして感想を投稿せねば、とブログ更新の機運も高まってきたなと革新しました。

今回は、先日のコミックマーケット88で頒布された、サークル「山海豚厨房」の新作『夕影に忘れがたみ』をプレイしました。
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夏休みに故郷の田舎に帰ってきた主人公、今野圭くんが狐のお面をかぶった少女と不器用ながらも次第に仲良くなってゆくお話。
狐面の少女は圭くんの後を付いてくる子犬のような可愛らしい女の子だけど、圭くんのことを「少年君」と大人びた呼び名をする謎めいたヒロイン。なかなかデレてくれない圭くんと狐面の少女とのやりとりな微笑ましくも切なくなる、しっとりとした夏を感じ取れる作品でした。
背景・演出・音楽共に落ち着いた雰囲気でストーリーと良くマッチしていてとても気に入りました。
もっと長いこと物語に触れていたいと思えただけに、約30分というプレイ時間はあまりにも短い……。そんなところも儚げなひと夏の物語を演出するのに一役買っていたりして(ぇ

この作品、後日通販や委託を行うとのことなので、今回この記事を読んで興味を持っていただけた方は是非、下記URLからサークル様のブログをご確認ください。

Blog http://blog.livedoor.jp/alphine/


すっかり感想というよりも宣伝みたいな形になってしまいましたね(苦笑)
これから同サークルの旧作『灰色のウヴェルテューラ』を読みたいと思います。その感想はまたいつかどこかで(ぉ 多分Twitterにでもw

それではまた。

エンジェルス・リング

*この作品では、現実の「秋葉原」とよくよく似た「アキバハラ」という架空の土地が主な舞台となります。

 

 

なぜ都会には人が集まってくるのだろうか?
いや、順序がおかしいか。人が集まったから都会になるのか?
「卵が先か鶏が先か?」のような問答になってしまうが、この問答は答える人間の立場や思想によって変わってきてしまう。
それと同じように、都会が都会たるゆえん。別に都会でなくてもいい。

人が集まって来る場所には、集まってくるなりの理由というものがある。

学校があるから、仕事場があるから、観光スポットがあるから、良い店がたくさんあるから……。
少なくとも、ここアキバハラに人が集まってくるのは、単純に都心のさらにド真ん中だからというよりは、大量の電化製品を扱っているエリアだから。死語気味ではあるが、”アキバ系”と呼ばれる独自文化が育っているからだ、という認識が一般的には強いだろう。
実際に来てみればわかる。街中に貼られているアニメや漫画、ゲームのポスター。巨大なモニターを贅沢に使ったアニメの宣伝、そしてコスプレ姿の客引き。
これらが混然一体となったとき、シンジュクやシブヤといった”おしゃれ”や”食べ物”、”雑貨”といった恒常的な文化の発信源的な意味での都会ではなく、爆発的で刹那的な消費の場としての街が出来上がった。それがアキバハラ、通称”アキバ”だ。

アキバに来れば、快晴でさわやかな世界も、オタクが発する空気によってよどみ、コスプレメイドがはなつピンク色の声で、視界に靄がかかっていくことだろう。
栗本智咲は、中央通りから一つ路地に入った、パソコングッズやアングラなゲームショップでひしめき合っている通りにある、自宅兼喫茶店のテラスで平日の昼間から、のんびりと日光浴をしていた。
通りでは、メイド喫茶やリフレから出撃してきたくノ一の格好、浴衣姿、男装、そしてメイド姿の客引きが大勢自店のビラを道行く人に配っている。
おっかなびっくり興味本位でコスプレビラ配りに近づいていく外国人観光客や、やんちゃな兄ちゃんがいれば、明らかなに避けて遠回りをしていくサラリーマンもいる。
この通りは、ここアキバハラでも有名な、コスプレビラ配りが多く出没する場所なので、『ビラビラ通り』などと呼ばれていて、週末の稼ぎ時には、片手では収まりきらないほどの、色とりどりの客引きが通りを占拠し、街の活気に貢献している。
ネットのニュースは一通り読み終えてしまったし、午後からの用事までまだ時間がある。さて、何をして過ごそうか。
大きなあくびをかきながら、春の暖かな陽気で今にもとろけてしまいそうな脳みそに、ゼンマイを巻こうと頑張っていたとき、テラスの向こうから、「きゃるん♡」と甘ったるい声が飛び込んできた。


「は~い、そこのご主人様っ! 暇で暇で時間とお金を余らせまくっているのでしたら、当店『はねっ娘♡ツバっ娘』略して”はね♡ツバ”でその羽を休めていきませんか?」

 

白と水色を基調としたエプロンに、ふんだんに施されたフリル、そしてカチューシャ。王道的なアキバのメイド姿だ。スカート丈はひざからこぶし三つ分で、パッツリとした黒のニーハイソックスが脚を覆っているその姿は、今どきの学校の制服のようにも見える。
アキバメイドの代表のような恰好の少女だ。一つ、特徴的な点を挙げるとすれば、黒髪の中に混じる、人房の白いウィッグを付けているところだろう。
少女がとびっきりの営業スマイルで手を振りながら向かってくるので、智咲は深くため息を吐いた。

 

「あのな、朋子、お前も暇だからってよりによって俺にたかりにくるなよ。そしてその気持ち悪い宣伝文句やめろ」
「だって暇なんだから仕方ないじゃん。そして気持ち悪いって言わないで。あと、朋子って呼ぶな。『月曜日のガブリエル様』って呼んで」
「なんでメイドに様づけしなくちゃいけないんだよ! というかその名前はなんなんだ」
「今日の私の源氏名。店長(あんたのお父さん)がつけてくれたの。ちなみに明日は『火曜日のカマエル様』」
「様づけは基本なのか。メイドの分際で生意気な」
「アキバにいるクセに智咲の頭は古いなあ」

 

やれやれわかってないなといった風に、朋子は首をすくめた。

 

ニートなんだから、せめてその有り余ってる時間とお金を世のため人のためメイドのために使おうとは思わないの?」
「まったく思わないな。学校に行かないのも、働かないのも、俺の自由だ」
「最低のクズ人間ね」
「いいんだよ。親が犯罪以外なら何しても良いって言ってんだから」
「あんたのその立場、心底うらやましいわ」

 

智咲の祖父は商人で、終戦後、既にこのアキバの地で根を張っていたラジオなどの機械類を売る闇市に目をつけ、事業を展開した。それが大成功して、一財産どころか、日本の大企業の一角として並び立つほどの利益を生み出したのだ。もうすぐ17歳になる智咲は、その恩恵をありったけ受け、こうして日がな一日のんべんだらりと、学校にも通わず、仕事もせずにいる。この喫茶店も、両親が趣味で、祖父の金を使って経営しているものだ。
なので、祖父が築いた財産があるからこそ、このアキバの一等地でも、道楽で個人経営の喫茶店を続けていられる。最近は、昨今のメイドブームの影響を受け、店員をメイド姿にしてみることに挑戦しているのだとか。
店名もコロコロ変わる。今の『はねっ娘♡ツバっ娘』の前は、『Lunedi dell’s Angelo(天使の休日)』だった。
朋子は小、中と智咲と同じ学校に通っていた。なぜか彼女も高校には進学せず、アルバイト生活をしているようなのだが、理由は聞いたことがない。アキバでアルバイト先を探していたとき、偶然、この喫茶店を居つけたのだとか。

そんなわけで、智咲は毎日テラスでのんびり、朋子はビラを片手に客の呼び込みをしている。
世間的にはズレていて、退屈で刺激に欠けてはいるけれど、そこそこに平和な日常を、智咲たちは送っていた。

この、4月のある晴れた昼前のときまでは。

                                                                                                                 続く

『冴えない彼女の育て方8』の感想

 

6月20日、待望の冴えない彼女の育てかた8』を購入し、翌日のお昼頃に読み終わったので、早速感想を書こうと思います。

その前に、初めてのblogでの感想記事、ということでもあるので、『冴えない彼女の育て方』略して冴えカノ全体の、ざっくりとした紹介と感想を。

 

内容紹介

これは俺、安芸倫也が、ひとりの目立たない少女をヒロインにふさわしいキャラとしてプロデュースしつつ、彼女をモデルにしたギャルゲームを製作するまでを描く感動の物がた…「は?なんの取り柄もないくせにいきなりゲーム作ろうとか世間なめてんの?」「俺にはこのたぎる情熱がある!…あ、握り潰すな!せっかく一晩かけて書き上げた企画書なのに」「表紙しかない企画書書くのにどうして一晩かかるのよ」「11時間寝れば必然的に残った時間はわずかに決まってんだろ」「もうどこから突っ込めばいいのよ…このっ、このぉっ!」…ってことで、メインヒロイン育成コメディはじまります。

 

1巻背表紙での紹介文なのですが、正直何を伝えたいのかよくわからないというのが本音でした、3年ほど前に、友人からの紹介で出会った作品なのですが、彼の口からも褒めるような発言はなかったと記憶しています。(そもそもその友人はどの作品に対しても安易な賞賛や酷評はしない)

ですが、ラノベだけでなく、文学作品全般に対して広いレーダーとそれに相応する見地を有している友人の紹介であることと、その美麗(ココ超超重要!)なイラストに後押しされたので、紹介文のことはいったん忘れて、2巻まで借りて読むことにしました。(当時、雑魚な僕は丸戸史明先生というエロゲ界の重鎮のことを存じていませんでした)

 

正直なところ、1巻を読み終えた段階では「微妙……」でした。

 

背表紙の紹介文だけでは具体的な内容の容量を得ないので、大雑把ではありますが、独自に内容をまとめようと思います。

 

創作はしない消費型オタクであった主人公の安芸倫也は、朝の新聞配達の途中、地味で存在感の薄い少女、加藤恵と出会う。坂道で、風に吹かれ恵の帽子を拾ってあげるという、ギャルゲにおいてはベタで、けれども実際に起こることは稀で……。多くの男子が憧れるようなシチュエーションに遭遇した倫也は、その『出逢い』に感化され、ギャルゲ制作に取り組み始める。倫也の幼馴染で大人気同人イラストレーター澤村・スペンサー・英梨々と現役ラノベ作家のクールな先輩、霞ヶ丘詩羽。そしてメインヒロインのモデルである恵を引き込み、同人ゲームサークルを結成に創作活動にいそしんでいく。

 

金髪ツインテールの小柄な(貧相をも言う)ツンデレ、英梨々と黒髪ロングでスタイルが抜群のクールな先輩、詩羽。

その間に挟まれるオタク向けコンテンツのメインキャラとしては特徴がほとんどない"普通"の美少女(それが魅力的)である恵。

個性豊かな美少女たちと、コミケなどの同人界隈に興味を持っている、あるいはその渦中にいる人にとってはクスりとクるであろう、その設定や世界観とメタ描写が小気味良いです。

しかし、明らかにわかる言葉足らずが原因で、ブツリブツリと途切れてしまう話の流れ。これが豊富なキャラクターの魅力や物語の設定を覆い隠してしまう大きな要因になったと思います。

クラスの皆はいつの間にかやたら盛り上がっていて、自分はそのノリについていけずそれに疎外感を感じる。そんな気持ちを呼び起こされました。

 

ですが、2巻を手に取ると、不思議と1巻の疎外感が嘘のように氷解し、同族嫌悪の対象であった倫也に対して親近感にも似た感情を抱くようになり、ヒロインたちに対しても素直に萌えられるようになりました。

それからは、ジェットコースターに乗っているかのように、完全にベルトを席に固定されてしまい、息吐く暇もないほど感情を揺さぶられ「ああ、自分もこんな青春を送ってみたかったッ……」といつの間にか心の中で涙を流すほどのファンになっていました。

 

そんな思いを抱いているという前提で、今回の本題である『冴えない彼女の育て方8』の感想に移ります。

結構突っ込んだ部分まで触れますが、なるべくネタバレにはならないよう、気を付けていきます。

まず今回は、新章突入ということで、進級、進学したキャラクターたちが、新たな創作に向けて本格的な活動を始めてゆくというところから物語が始まります。

本シリーズの、メインヒロインよりも強烈な個性と存在感を放つ二大サブキャラクターであった絵梨々と詩羽は、諸事情により、サークルを離れました。けれども、出番がなくなるということではなく、割とガッツリと物語の中核メンバーとして活躍しています。

これまで、英梨々と詩羽に比べて地味な役回りを果たしていた氷堂美智留と波島出海(どちらの一回しか拍表紙を飾っていない)の出番が増えていきます。個人的に、新たにサークルの原画担当として加入した、出海の出番が増えてくれることはとてもうれしかったです。

 

今回、物語を特に盛り上げていた要素は、波島伊織の存在でした。

"消費豚"から"生産者"の側へと回って1年が経ち、倫也は心身共に成長を果たし、新たな段階へとステップアップしました。その最初の壁が、自分よりクリエイターとして一歩も二歩もを行くライバル、波島伊織です。倫也は自分たちの新作予定のプロットを伊織に披露することで、現在フリーである伊織をスカウトしました。

 

 

「にしてもこれ、イラストレーターへの負担が凄いな……本当にこれを倫也君が一人で書くつもりなのかい? 霞詩子もいないのに?」(百三ページ)

「あと、キャラクターは前作のメインヒロインを踏襲するとあるけど、柏木エリがいないのに同じキャラを出したら、公認の原画かにプレッシャーがかからないかな?」(百四ページ)

「『これじゃ売れない』って言ったよ……それだけじゃ理由にならないかな?」(百五十ページ)

 

 

伊織は歯に衣着せぬ物言いで、倫也に現実的な難題を突き付けていきます。倫也が駆け出しのクリエイターながらも、一応の成功をおさめたのは、詩羽と絵梨々の力があったからこそだと、完全に部外者である伊織は部外者だからこその説得力をもって言います。そのような評価を与えてくれるからこそ、倫也はライバルである伊織を、サークルの新戦力として手に入れようと奮闘します。

 

 

「倫也君、君は最強のギャルゲ―を作りたかったんだろう? "伝説のヒロイン"を生み出したかったんだろう? なら、命を懸けて狙うしかないじゃないか」(百八八ページ)

 

「けどお前、伝説は見積もるなって……」(百八八ページ)

「確かにプロデューサーは伝説を見積もっちゃいけない。けれど、クリエイターは伝説を信じて構わないとも言ったよ?」(百八九ページ)

 

 

理想ばかりでは現実は動かない。だけど、理想がなければ動き出すことも出来ない。企画全体を統括する立場である二人ならではの、物語を作る原動力とはいったい何なのかを考えさせられました。結局伊織がサークルに加入したのかどうかは、ぜひ読んで確認してください。

 

新体制になったサークル「blessing software」がこれからどのようなゲームを作り上げていくのか、キャラクターたちは今後どのような活躍を見せていくのか、9巻が楽しみでなりません。

個人的には、無理やり腹黒属性と怒らせたら恐ろしいという属性を付与されそうになっている恵と、ポンコツ化が加速している絵梨々の鳴き声が楽しみです(ゲス)。詩羽先輩の出番をもっと増やしてくれてもいいんですよ?(小声)あと、倫也と伊織の絡みはもっとたくさん見たいです(ぇ

それでは、今回の感想は以上とさせていただいきます。

 

 

そして最後に

かねてから、Twitter以外でも、自分が触れてきたラノベやアニメやギャルゲの感想を記しておきたいなと思っていたのですが、最初の記事でも書きましたように、僕は怠け者なので、始めの一歩を踏み出すことがすごく苦手なのです。

何か劇的なきっかけを求めていたのです。それが先日ついに訪れました。

 

冴えカノの新刊が発売されたのを機に、久々に深崎暮人先生のTwitterを覗いてみようと思ったんです。そうしたら

「あれ、ブロックされてね……?」

広いインターネットの世界です。いつどこで先生のご機嫌を損なわせてしまったのかはわかりません。ですが、やはり敬愛しているイラストレーターの一人である深崎先生にブロックされてしまったのはショックでした。それもよりによって気が付いてしまったのが冴えカノの最新刊を購入した直後です。

友蔵がまる子に高い寿司ばかりたかられ、財布がスッカラカンになったときのような顔と笑いが顕現せざる負えませんでした。

 

ブロックを解除してくれとは言えません。ですがせめて先生を非難したり陥れたり、人格を否定する気は毛頭ない、ということだけは伝えたいです。願わくば、この記事が、いつか深崎先生のもとまで届くことを願っています。

 

そんな、ブログを開設するためのきっかけと話題作りのためには今回の件はうってつけでした。タイミングもバッチリだったと思います。ありがとうございます深崎先生! 

本当に以上です。また次回、よろしくお願いします。

 

いや、本当に冗談抜きで先生の絵が大好きです(だからブロック解除してくださいなんでもしま(ry

 

 

はじめに

 

以前からTwitter以外にも何かインターネットに自分の足跡を残しておきたいなあ、とは考えていたのですが、いかんせん怠け者なもので重い腰を上げることがなかなか出来ないのです。くだらない理由から湧き起こる突発的な衝動を、日々求めていたのですが、先日(2015年6月20日)ついに、その”くだらない理由”を発掘したのでシメた!とばかりに本ブログを開設しました。次の記事の終盤で、その理由を説明していきます。

さっさと今説明しろよと思われるかもしれませんが、割と重要なことなので、ご容赦ください……。

ゆる~いノリでやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。